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2001年5月
今月の小江戸探検隊は、中院を探検します。
境内がたいへん美しく、しだれ桜がとても有名なので、
知っておられる方も多いかと思います。
島崎藤村ゆかりのお寺でもあります。
静かな雰囲気を楽しみたい方にはお勧めの寺院です。
天台宗別格本山・中院を徹底探検してみます。


第10回
中 院

四季の移ろいにさまざまな表情を見せる境内を持ち、天台宗別格本山という称号を与えられた中院。春には数種類の桜が咲き誇り、殊に本堂前のしだれ桜が毎年見事な姿を見せてくれます。鐘撞堂の下にツツジのトンネルが出来る時期も過ぎ、夏の日差しが照らす頃には、沙羅が白い花をつけます。秋風が通り抜けると、金木犀の巨木が甘美な香りを放ち、紅葉が鮮やかに色づきます。冬にかけては、本堂の背後に聳え立つ銀杏が低くなった夕日を受け、金色に輝きます。中院には四季があり、訪れるたびに違う顔を垣間見ることが出来ます。中院を「京都のお寺みたい」という方もおられますが、これだけ四季を感じることができる寺院は、川越ではここくらいのものかもしれません。

簡単に歴史を振り返ってみましょう。中院は、830年慈覚大師円仁により仙波の地に開かれた星野山無量寿寺(せいやさんむりょうじゅじ)がはじまりとされています。無量寿寺には、鎌倉時代から室町時代にかけて天台宗の僧侶が学問をする談義所があり、仏地院(ぶっちいん)と仏蔵院(ぶつぞういん)の二つの系統がありました。仏地院が中院の前身、仏蔵院が喜多院(北院)の前身です。古い文献によると、天海僧正が喜多院の住職となるまでは、中院が無量寿寺の中心的な役割を果たし、関東天台宗の本山として栄えた時期もありました。家康の死後、仙波東照宮造営にあたって現在の場所に移転し、1733年に本堂を再建しました。無量寿寺では、多門院(たもんいん・南院)をあわせ、三院が並立した時期もありましたが、南院は歴史の流れの中にいつしか消えてしまいました。

中院は、島崎藤村ゆかりの寺院としても知られています。藤村の二番目の妻・静子は川越の出身。静子の母・加藤みきとも生前とても仲がよく、たびたび川越に足を運んだといいます。中院に義母みきの墓があることで、藤村も静子とともに何度か訪れました。また、藤村がみきに寄贈した建物はここ中院に移築され、みきが茶道の師匠として「不染」と称したことから、「不染亭」と名づけられ、茶会等使われています。「不染亭」の前には、藤村の書による「不染之碑」が立っています。

また、あまり知られていませんが、中院は狭山茶、河越茶の発祥の地とも伝えられています。慈覚大師円仁が開山の折り、京から茶の実を携え、境内に薬用として植えたことがはじまりといわれ、当地で広く栽培されるようになりました。今では狭山茶は全国的に有名ですが、昔は川越も茶の生産地として随分知られていたそうです。

昨年、江戸時代に建てられた大門が改修され、新しい姿で私達を迎えてくれます。川越市内の寺院では一番大きな大門。堂々とした威厳が感じられ、長い歴史を物語ります。また、川越総合高校の校門に近い、もう一つの門、赤門はひっそりとした佇まいをしていますが、まわりの木立とあいまって閑静で落ち着いた独特の雰囲気を醸し出しています。

中院へお立ちよりの際は、心静かに訪れ、ゆっくりと時間を過してみてください。お帰りになる頃には、仏心に優しく包まれているように、穏やかな気持ちになっていることでしょう。

 

次回の小江戸探検隊は、川越総鎮守・氷川神社を探検します!


昨年、改修された大門から境内を望む。

 


しだれ桜は、今年も美しく咲きました。

 


4月22日ツツジのトンネルが出来ていました。

 


中院を訪れた島崎藤村(左)と静子(右)

 

コンテンツ制作にあたり、いくつかの文献を参考にさせていただきました。
また、ご協力いただいたすべての方々に感謝いたします。

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