フカゼンだより

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フカゼンだより7月増刊号 2008年7月24日
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カメゾーと焼き芋屋のオジサン (童話)

(カメゾー君のおはなしの続きをいたしましょう)
ボクは、焼き芋屋を手伝っているうちに、オジサンとすっかり仲良しになったんだ。
オジサンの名前は、川野亀治。いっけん、オジサンに見えたけど、本当の歳は70歳なんだって!

元気で血色もいいから、若く見えたよ。ということは五歳のボクなんか、孫みたいなものだね・・・。

オジサンは、芋の焼き方を一生懸命ボクに教えてくれた。ボクも、今度こそ!って必死で覚えたよ。
そしたら、とっても上手くこんがり・・・おいもが焼けるようになったんだ。
だから、オジサンとボクのコンビの焼き芋屋は、とっても繁盛したんだよ。
やーきいもーっ、て声がすると、みんなが「あ、カメの芋やだ、買いに行こう」って続々と買いに来てくれたんだよ。

でもね・・・・楽しいことは続かない。あるさむーい冬の日の夕暮れ、亀治オジサンはボクに
かなしいことを告げたんだ。
「カメゾー君、いままでオジサンを手伝ってくれてありがとう。実はオジサンは、かめ性がんにかかっている。
カメのお医者さんに、あと半年でしょう、と言われているんだ。」

ボクはショックで言葉もなかった。
もともと親兄弟もいないボク・・・オジサンはたったひとりの親のような、親友のようなカメだった。
それが・・・がん・・・。

「カメゾー君、泣かなくていいよ。おじさんは人生の最後にカメゾー君と出会えてとっても楽しかったし、お芋の
焼き方を伝えることもできた。もうすっかり満足なんだから・・・。」
ボクは泣きながら、亀治さんに、これからもお芋屋を頑張るから、心配しないで、とやっと伝えた。

ところで、ボクとオジサンは、だいぶ前から、新河岸川の氷川橋のたもとに、雨露をしのいで住んでいた。
そこには、バリケン(台湾あひる)なんかもいて、なかなか楽しいところだったよ。バリケンってやつもなかなか風来坊で、よく気が合ったんだ。(写真2 3)

でも、あと半年の命のオジサンを、ボクはどこか静かできれいな、心のやすらぐところに連れて行ってあげたいと思った。
そう、カメのホスピスみたいな・・・。でもどこがいいか、わからないまま、時が過ぎて・・・。オジサンはどんどん衰弱していったんだ。

冬が過ぎ、春も過ぎて、もう夏になってしまった。オジサンの最期がちかづいている・・・。
はっ、と名案が浮かんだ!蓮の池だ。

一番街といえば、川越ではみんな知っている土蔵造りの商家のあるところ。その奥まったところに、長喜院というお寺がある。(写真4 5)
そこは、お釈迦様の像があり、(釈迦苦行像というそうです)その横に、蓮の咲く池があるんだ。(写真6)

もう7月になっていた。ボクは弱っているオジサンを背負い、この池のほとりへ連れてきた。
オジサンは、やっとのことで、こんなふうに言った。
「ああ、きれいな蓮だ・・・カメゾー君、ありがとうよ。オジサンはこの蓮の咲くところへ、これから旅してくるからね・・・」
ある、涼しい風の吹く朝、オジサンは息をひきとった。
蓮の花が咲く、ぽんっ・・・という音が聞こえたような気がした。


しばらくは悲しみに沈んでいたボクだけれど、ひとつき、ふたつきとたつうちにまた元気になったよ。
秋から冬は、オジサンのことを思いながら、焼いも屋をしているし、夏の間は観光ガイドで大張り切りだよ。(写真7)

これを読んでくれているみんなも、川越に来たら、カメゾーのこと思い出して。(写真8)どこかにカメの焼き芋屋はいないかな、三輪車に乗っているカメはいないかなってね・・・。

(カメゾーものがたり 前編  完)

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