川越一番街商店街

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川越一番街商店街
まちづくりストーリー
 

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2.蔵造りへの評価と川越市の動き

1970年代前半に、蔵造りを取り巻くいくつかの出来事がありました。1792(寛政4)年に建てられた川越で一番古い「大沢家住宅」が1971(昭和46)年に国の重要文化財の指定を受け、蔵造りの価値が評価を受けました。一方で、翌年には現在「蔵造り資料館」として利用されている旧小山家が売買される話が持ち上がります。蔵造りの価値を知る住民らの中からは、川越市に対して「旧小山家の蔵造りを購入してほしい」と要望が出されます。最終的に川越市は旧小山家を購入し、後に市民団体の川越市文化財保護協会がこの建物を借り受け、蔵造り資料館の開館へと至ります。その後、川越市立博物館の開設とともに川越市の運営へと移行しました。蔵造りを保存しよう、残していこうという運動のさきがけとして、現在の蔵造り資料館が位置付けられます。


1971(昭和46)年に国の重要文化財の指定された大沢家住宅

当時は、全国で町並み保存運動が高まっていた時期でもあり、川越でも青年会議所が蔵造りを生かしたまちづくりをテーマにしたシンポジウムなどを開催していました。また、1974年に、日本建築学会関東支部が川越をテーマとしたコンペティションを開催。コンペティションでさまざまなアイデアが発表されました。その結果、多くの建築家や研究者など、町の外部から川越の応援する人々が登場してくるのでした。

1975(昭和50)年には、文化財保護法の改正を受け、「伝統的建造物群保存地区」の制度がスタートします。各地域で地元の歴史的景観に注目が集まるようになり、川越市でも保存地区指定に向けての調査が行われています。しかし、当時川越一番街商店街を含めた地域を「伝統的建造物群保存地区」地区に指定することはできませんでした。当時、文化庁は第1号に川越を指定したいと考えていたのですが、商店街には規制を受けることで建物を固定するような印象があり、看板すら立てられなくなるのではないかという不安があったのです。

また、明治に建てられた蔵造りにそもそも価値があるのかという疑問や、まさか蔵造りを見に多くの人が集まってくれるとは思ってもいなかったということもあるでしょう。当時の川越一番街商店街は八百屋や魚屋をはじめ地域密着型の店が多かったため、観光客が来ても売るものもありませんでした。しかし、何よりも重要文化財と同じように建物に規制がかけられ、何も出来なくなることへの不安が大きかったのです。こうして「伝統的建造物群保存地区」指定の動きは一旦止まることになりました。

1970年後半になると、市街地周辺に高層マンションが建つようになります。市民からは当然反対運動が起きましたが、マンションの建設を阻止することはできませんでした。そうした状況を何とか打開するため、川越市建築指導課では1981(昭和56)年に「川越の町並みとデザインコード」の検討をある財団に依頼。川越の応援団でもあった大学研究者らと共同研究を行った結果、町並みを単なる規制、制限にとどめるべきではないこと、活性化のための街区再編、住民・行政・専門家の協力関係などが提言されていました。

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