春日局 - 川越大師 喜多院
春日局

春日局

春日局 かすがのつぼね 1579~1643 (天正7年~寛永20年)

三代将軍徳川家光公の乳母。名はお福。大奥に入り、家光公の乳母となった。家光公・家忠公の継承者争いの際、大御所徳川家康公へ直訴し、家光公が三代将軍に。大奥の制度をつくり、統率した。

kasuga.jpg1638(寛永15年)の川越大火により、山門を残し、喜多院はほぼ全焼します。徳川家光公は、時を経ずして喜多院の再建に着手しましたが、その際に客殿・書院及び庫裏は、江戸城紅葉山の御殿を解体して喜多院に移築しました。喜多院の書院に「春日局化粧の間」があるのはそのためです。

 

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